IT/Web (3): ビジネス書のエッセンス(ビジネス書 書評ブログ)

2012年08月07日

【マインドマップ付き】リスクを認識した上でSNSを上手に活用する!『ソーシャルリスク』(小林直樹著)


ソーシャルリスク
  • 小林直樹
  • 日経BP社
  • 1470円
Amazonで購入


ソーシャルリスクを読んでみました。

前作『ソーシャルメディア炎上事件簿』も「SNSにはリスクがある。そのリスクを認識して使っていこう」ということを訴えておりました。今回は前作よりも「どうしたらいいのか?」ということに重点を置いて書かれております。

今回は【本書のポイント】【感想】【マインドマップ】【関連書籍】の構成でレビュー記事を書きたいと思います。


【本書のポイント】

■ソーシャルメディア・ルール(企業編)

1)暴走ツイートを防ぐには「現場丸投げ」「管理者不在」の回避を
2)「炎上マーケティング」に際立った成功例なし
3)いつしか忍び寄る「やらせ」支援会社、バレた時のリスクが高すぎる
4)「うちの会社は大丈夫」、でも取引先がやらせに手を染める恐れあり
5)ライバル社の批判投稿が増えれば・・・・妄想はいいが行動に移せば発覚
6)「ステマ」という甘い蜜、欠かせざるは「関係性の明示」
7)ソーシャルそれぞれが持つメディア特性、無視した活用では総スカン
8)一度始めたらやめられない、企業常設アカウント開設には覚悟がいる
9)社長ツイッターは失言危機と隣合わせ
10)知られざる人事部リスク、上から目線にご注意を
11)他者による「なりすまし」リスク、防御にアカウント一覧ページを
12)言い訳きかない写真投稿のミス、不用意な写り込みにご用心
13)仕事上のあなたの失敗、それは格好の投稿ネタに
(本書より)



■ソーシャルメディア・ルール(個人編)

14)後を絶たない顧客情報の漏洩・悪用、他人事では決してない
15)来店した有名人の陰口投稿、本人気付かなくともファンが見張り
16)悪ノリ・悪ふざけ投稿は、想定外の騒動に発展へ
17)ソーシャルメディアはケンカする場所にあらず
18)例えば「飲んだらつぶやくな」、マイルール作成のすすめ
19)居合わせた他人の勝手な撮影や発言内容の公開、それはマナー違反
20)家族が相手でも、守秘義務は守秘義務
21)公開モードの投稿、個人的見解と断っても公式発言とみなされる
22)職務上得た特権や知見の乱用、40代以上の幹部・専門職はご注意を
23)フライング投稿は取り返しがつかない、意外と多い解禁時期の誤解
24)ツイッター鍵付き(非公開モード)でも投稿画像も非公開と限らない
25)論語に学ぶ、「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」
26)勤務先で不祥事発生、勝手に反論すれば自分が傷つく、会社も傷つく
27)愛社精神が高じて「ステマ」に走ると“会社ぐるみ”と疑われる
28)“盗撮”してさらせば、ブーメランとなって返ってくる
29)「○○なう」、むやみな位置情報の公開に思わぬリスク
30)ホントのようなウソ、ウソのようなホント、情報拡散は慎重に
31)就業時間中の私的ソーシャル、“私語”は外から丸見えです
(本書より)



■住友3Mがガイドラインを策定した理由

本書ではソーシャルメディア・ルールを定めた先進企業として住友3Mを紹介しております。そして、本書では住友3Mの「個人向けソーシャルメディアガイドライン」を手本として推奨しております。推奨理由は以下の通りです。

 手本として推奨する最大の理由は、リスク回避が主眼ではなくソーシャルメディアの積極活用を目的としている点にある。田中マネジャーは、「我々の部門で主導するプロモーションは、社員を挙げて盛り上げてほしいですし、今後はブランドが増えていくことを考えると、個人利用を促すことが運用適任者を増やすことにもつながる」と、至って前向きだ。
(本書より)



■ソーシャルメディア活用を強化し、売上増加に結び付けた全日空

本書ではソーシャルメディア活用の成功事例として全日空をあげております。同社は「お客様との関係を深めること」(本書より)をコンセプトにソーシャルメディアを活用。フェイスブックページの投稿には、2000〜3000の「いいね!」がつく状況です。

同社の活用事例として本書の中で紹介されているのが「ボーイング787(B787)初就航キャンペーン」です。同キャンペーンで自社サイトとユーチューブ、そしてフェイスブックページを連携させてB787の人気を盛り上げた結果、販促に大きく貢献していることが本書の中で紹介されております。

・Welcome to ANA's Long-Haul (International) Boeing 787 Dreamliner.


そして本書では同社のソーシャルメディア活用の姿勢を以下のように評しております。

 全日空のWebサイトにおける航空券・ツアー販売額は、2010年度の4000億円から2011年度は4300億円に増加している。ソーシャルメディアを通じたファンとの交流やコンテンツの強化が自社サイトへのトラフィックを増やし、全日空ファンの増加と販売強化に結び付いている。フェイスブックを軸に据える全日空は、苦情や冷やかしを書きこまれることもほとんどなく成果を上げている。炎上を恐れてソーシャルメディアに手を出さなければ、こうしたメリットを享受することもない。
(本書より P25)



【感想】

私もTwitterやfacebookは、よく使うツールです。ただ、個人的には「Twitterは2ch化している」と感じているため、基本的にはブログの更新通知などの情報発信にとどめた使い方をしております(最近はTwitter自体、見なくなりました)。むしろSNSを通じての交流はfacebookが中心となりました。

スマートフォンの普及に伴い、SNSの活用は進展はあれど後退することは恐らくない!これは、多くの方が思っている認識でしょう。本書の第1章にSNSのアカウント開設、利用頻度の状況が書かれておりますが、これを見ても増加の傾向を示しております。

その一方で、SNSがキッカケとなって発生する”炎上”や”トラブル”が後を絶ちません。最近も様々な形で、SNSをきっかけとして発覚した”事件”がニュースとして配信されております。

本書の主旨は「ソーシャルメディアのリスクをきちんと認識し、ソーシャルメディアを活用していこう」と訴えているところにあります。これは、前作『ソーシャルメディア炎上事件簿』と相通ずるものであり、著者である小林直樹さんの一貫した主張でもあります。

その思いが書かれているのが「おわりに」にある文章です。

 ツイッターやフェイスブックなどソーシャルメディアの台頭、そしてスマートフォンの急速な普及など、デジタルマーケティングを取り巻く環境は日々刻々と変化している。経営リソースのデジタルシフト、ソーシャルシフトは進む一方だ。企業がデジタルを活用して果敢に「攻め」るためにも、同時並行で「守り」のリスク対策を固める必要がある。 それは企業のマーケティング部門だけでなく、一般社員個人にも当てはまる。おのおのの専門分野で高い知見と人脈を有する社員が情報発信力を高めていくことが、企業のブランド力向上に寄与する。そんな新しい企業と社員の関係が今後、生まれてくるのではないか。そのためにも、広く一般社員にソーシャルメディアの魅力とリスクの認識が浸透してほしいと考えている。
(本書より P219)


そのことを意図してか、本書の形式は「リスクのみを強調する」内容となっているわけではなく、「リスクはリスクとして事例も含めて記載する一方で、今後、SNSを活用していく企業のために参考になる事例も合わせて記載している」形となっております。

本書に書いてあるガイドラインや内容を見て「気を付けなければ!」と思ったことが
 ・常識やマナーをわきまえた言動を心がける
 ・第三者の目を意識する
 ・投稿内容はネット上に長期間にわたって保存されることを認識する
 ・ソーシャルメディアは喧嘩する場所ではない

ということです。特に「自分の発言や投稿は長期間ネット上に保存される」ということを意識しながら投稿をしなければならないなあと思いました。

SNSの進展にともなって感じていることは「良くも悪くも透明性が高まる!」ということです。それは、ゆるい関係性でつながっているため、ちょっとした自分の発言や行動が他人の興味を誘えば、「伝播する!」ことにつながります。「言葉だけ」のやりとりで行なっているソーシャルメディアは対面よりも「真意が伝わりにくい」場であるので、反応が賞賛であっても批判であっても「自分が意図しない形で伝播する」ことは十分に考えらます。

本書のサブタイトルの中に「100人に転送されても大丈夫?」(本書より P182)とありますが、「この内容を読んだら、読んだ人はどう思?」という第三者の視点を持って投稿することを意識する必要があることを改めて思った次第です。

SNSはユーザーに多くのメリットをもたらします。私もそのメリットを享受している一人です。しかし、SNSにはリスクも存在する。「落とし穴」に陥らないように気を付けながら使っていきたいと思います。


※2012-10-11追記
【マインドマップ】

image.png
拡大表示は以下のリンクをクリック!
なお、スマホでは綺麗に表示できないかもしれませんが、ご勘弁を(^^;)
ソーシャルリスク.html
そして、スマホの方は以下のリンクをクリック!マインドマップの内容を階層構造で表しました。
ソーシャルリスク.mm.html

※追記ここまで


【関連書籍】


ソーシャルメディア炎上事件簿
  • 小林直樹
  • 日経BP社
  • 1470円
Amazonで購入


ソーシャルリスク

1)本書の内容
 第1章 まず、先進企業に学ぶ
 第2章 ソーシャルメディア・ルール−企業編 知っておきたい13項目
 第3章 Q&Aで理解するソーシャルリスク
 第4章 ソーシャルメディア・ルール−個人編 知らないと損する18項目
 理解度チェックリスト

2)本書から学んだこと
 ・ソーシャルメディアは「運転免許」なしで発信できることができる!
 ・ソーシャルメディアは「第三者の目」があることを認識する!
 ・リスクを認識しながらSNSを使うことがリテラシーの向上につながる!



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2012年07月10日

「ともかくやってみろ」の精神を受け継ぐ゙down-to-earth゙の会社!それが富士通!『挑む力』(片瀬京子/田島篤著)


挑む力 世界一を獲った富士通の流儀
  • 田島篤
  • 日経BP社
  • 1470円
Amazonで購入


挑む力 世界一を獲った富士通の流儀を読んでみました。


本書のご紹介に当たって、今回は、【本書のポイント】【感想】【関連書籍】の構成で書いていきたいと思います。
※今回は【マインドマップ】の掲載はありません。


【本書のポイント】

今回は本書に掲載されている印象に残ったプロジェクトの冒頭の文章を記載いたします。


■絶対にNO.1を目指す

 神戸港に浮かぶ人工島。ポートアイランド。三宮駅とポートアイランドを結ぶ日本初の無人交通システム”ポートライナー”の、その名も京コンピュータ前駅で降りると、独立行政法人理化学研究所の真新しい建物が見える。この中に、理化学研究所と富士通が共同で開発中のスーパーコンピューター「京(けい)」が設置されている。
 その国の科学技術や産業競争力を示すといわれるほど、し烈な開発競争が繰り広げられているスーパーコンピューター(スパコン)において、京は2011年6月と11月の二期連続で世界NO.1の演算性能を達成した。11月には開発性能目標であった10ペタを超える10.51ペタフロップスを達成するなど、2位以下に大差を付けた。
(本書より)



■覚悟を決めて立ち向かう

 日本経済の心臓部といえるのが、日本橋兜町にある東京証券取引所(東証)である。その株式売買システム「arrowhead(アローヘッド)」は、極めて公共性の高いシステムであり、日本経済のインフラを支える基幹システムといえる。このアローヘッドは、東証と富士通が一体となって開発した、世界最高水準の取引所システムだ。
 東証と富士通の関係は半世紀以上も前から始まっている。富士通が東証で使われることを前提に「株式取引高精算用計算機」を試作したのは1953年のこと。これほどまでにさかのぼらなくても、アローヘッドの一つ前のシステムも富士通が手がけたものだ。
 しかし、一つ前のシステムでは、オンライン取引の増加など時代の急激な変化に耐え切れず、2005年末から相次いでシステム障害が発生した。ここで失いかけた信頼を取り戻すために、東証と富士通が意地とプライドをかけて開発したのが、アローヘッドである。
 2011年1月に本番稼動したアローヘッドの特徴は大きく三つ。一つめは、世界最高水準の性能を実現する「高速性」。二つめは、99.999%以上の可用性を実現する「信頼性」。そして三つめは、常に処理性能に余裕を見込んで動作する「拡張性」である。特に高速性では、当時世界一となる注文受付通知のレスポンス10ミリ秒以下を目標に掲げて開発し、実際には目標をはるかに上回る2ミリ秒の超高速処理を実現した。
(本書より)



■妄想を構想に変える

 ハワイ島のマウナケア山頂。富士山より高い標高4200メートルの頂上に、自然科学研究機構国立天文台ハワイ観測所が運営する「すばる望遠鏡」がある。1999年に試験観測を開始して以来、数多くの観測成果を上げてきた。1999年当時は、一枚鏡の反射望遠鏡としては世界最大であり、今なお世界最大級の光学赤外線望遠鏡として新たな発見を生み出している。
(中略)
 システムの設置場所が海外、しかも標高4200メートルの山頂ということで、このプロジェクトの困難さを物語るエピソードは事欠かない。0.6気圧でのシステム構築、ハワイと三鷹を結ぶ太平洋を超えた大量データ伝送、ジャンボ機(ボーイング747)でのコンピューターの輸送、試験稼働に向けてトラックで輸送中のクラッシュ−。これらを乗り越えられたのは、「周囲の協力」「仕事を楽しむ姿勢」「経験に基づいた知識」、そしてなにより天文学者の「夢をかたちに」するのが仕事の醍醐味という、普段は言葉にすることのない思いだった。
(本書より)



【感想】

世界一の演算性能(当時)を誇ったスーパーコンピューター「京」の開発、意地とプライドをかけて世界最高水準の株式売買システム「arrowhead(アローヘッド)」の開発など、富士通が挑んだ困難なプロジェクトを通じて、「困難なプロジェクトに挑み、成し遂げるためには何が必要なのか?」を表した本が本書です。そのような「挑む力」というのは富士通の伝統なのだろう!という思いがいたします。

その原点は、やはり「FACOM」と名付けられた日本企業で初めて国産コンピューターの開発に、そしてその大きな功績を残した小林大祐氏、そして池田敏雄氏にあるような気がいたします。

第8代社長である小林大祐氏は富士通がコンピュータ開発を始めるキッカケを作った方です。戦後、電話の増備計画の激減に危機感を覚えた当時の技術部開発課長の小林氏は、コンピュータの開発に活路を見いだそうとしました。だが、富士通の前身である富士通信機製造の売上高は電話機業界最下位。どこも成し遂げていない日本企業による国産コンピュータの開発は、常識的に考えて「無謀な挑戦」でした。だが、小林氏は次のように語り、コンピュータ開発を推し進めました。

「おい、ともかくやってみろ。やってから文句を言え。やりもしないで、本を読んだり、人から聞いて、そうなりますとわかったことを言うな」
(本書より)


「ともかくやってみろ」は小林語録として現在も語り継がれている言葉です。

そして、小林氏のもと、国産初の本格的なコンピュータ開発プロジェクトのリーダーとして開発に挑戦したのが池田敏雄氏です。国産初の本格的なコンピュータの開発は、実質、池田氏の頭脳にかかっていたと言われるほど、池田氏は不眠不休でコンピュータの開発に没頭しました。51歳という短い人生ではありましたが、日本のコンピューター開発の黎明期を切り拓いてきた池田氏は、日本のコンピュータの歴史上、欠かすことのできない人物です。特に世界で初めてLSIを全面採用した「FACOM M-190」の開発の際、あまりの困難な開発に皆があきらめかけたときに発せられた「挑戦者に無理という言葉はない」という言葉も現在に語り継がれております。

本書を読むと、「ともかくやってみろ」という言葉がたびたび登場します。これは「国産初のコンピュータを開発した当時の精神が今でも引き継がれていることを示している」ことの表れだと思います。

とはいえ、プロジェクトは期限がつきもの。期限内に限られた予算内で開発を完了させなければならない。そして失敗は許されない!このような状況の中、開発を引っ張るプロジェクトマネージャーやプロジェクトリーダーには大きなプレッシャーがかかります。特にスーパーコンピューター「京」は世界一を目指して1,000人規模の体制での開発、株式売買システム「arrowhead(アローヘッド)」のような公共性高いシステムの開発の遂行は、プロジェクトマネージャーやプロジェクトリーダーにとって相当大きなプレッシャーであることは容易に想像できます。

それを表す端的な言葉が「arrowhead」の開発に携わったマネージャーより発せられております。

「このプロジェクトでリーダーを張れる人が、そんなにたくさんいるとは思いません」
(本書より)


本書に書かれているプロジェクトは、どれも相当難易度が高いプロジェクトばかりです。これだけ難易度の高いプロジェクトでリーダーを張れる人間は、確かにそんなにいないと思います。場面を与え、経験を積ませて育てていく。継続的に行われているプロジェクトにはその伝統が芽生え、そしてそれが実践知・経験知となって社内に蓄積され、会社の力となっていきます。富士通には小林氏・池田氏以来、それを"down-to-earth"(地に足をつけて)で行なって来た会社というイメージがあります。そして"down-to-earth"で取り組む姿勢は、日本のモノづくりの歴史の中で培われたDNAでもあるのです。

本書に書かれているプロジェクトに関する文章はもちろん、本書の最後に書かれている『外から見た富士通』という文章を読むと、富士通の良さのみならず、日本のモノづくりの素晴らしさ、そしてDNAを思い起こさせると思います。


【関連書籍】


日本コンピュータの黎明―富士通・池田敏雄の生と死
  • 田原総一朗
  • 文藝春秋
  • 469円
Amazonで購入


挑む力 世界一を獲った富士通の流儀

1)本書の内容
 第1章 絶対にNo.1を目指す
     <スーパーコンピューター「京」>
 第2章 覚悟を決めて立ち向かう
     <株式売買システム「アローヘッド」>
 第3章 妄想を構想に変える
     <すばる望遠鏡/アルマ望遠鏡>
 第4章 誰よりも速く
     <復興支援>
 第5章 人を幸せにするものをつくる
     <「らくらくホン」シリーズ>
 第6章 泥にまみれる
     <農業クラウド>
 第7章 仲間の強みを活かす
     <次世代電子カルテ>
 第8章 世界を変える志を持つ
     <ブラジル/手のひら静脈認証>

2)本書から学んだこと
 ・ともかくやってみろ!
 ・挑戦者に無理という言葉はない!



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2012年02月05日

コンピュータの歴史に残るOSの開発を担ったエンジニア達!『闘うプログラマー[新装版]』(G・パスカル・ザカリー著)


闘うプログラマー[新装版] ビル・ゲイツの野望を担った男達
  • G・パスカル・ザカリー
  • 日経BP社
  • 1890円
Amazonで購入


闘うプログラマー[新装版] ビル・ゲイツの野望を担った男達を読みました。

新装版としては初めて読みますが、昔、『闘うプログラマー』を読んだことがあります。以前発刊された版は上・下巻からなる2冊構成、しかもハードカバーでした。新装版はソフトカバーで、1冊にまとめられたため、読みやすくなったともいえます。

主人公のデビッド・カトラー、マイクロソフト創設者のビル・ゲイツ、解説の成下眞さん(WindowsNTリリース当時のマイクロソフト日本法人社長だった)など、当時の状況を思い起こさせる名前がたくさん登場しております。そんな当時のコンピュータ業界の状況を思い起こしながら本書を読んでいきました。

本書のご紹介に当たって、今回は、【本書のあらすじ】【感想】の構成で書いていきたいと思います。
※今回は、マインドマップはありません。


【本書のあらすじ】

■デビッド・カトラー

 VAXシリーズで一世を風靡したDEC社(後にコンパックに買収される。そのコンパックはHPに買収される)。そのOSであるVMSを開発したことで一躍有名となったデビッド・カトラー。しかし、VMSがDEC社の重要な位置を占めるにつれ、開発にプロジェクト外部からの口出しが多くなってきた。それに嫌気をさしたカトラーはVMSチームを離れた。シアトルに移ったカトラーは自分のラボを持ち、新シリーズであるプリズムの設計に取り掛かった。しかし、この計画を中止させようと言うものも現れ、プロジェクトは中止に追い込まれる。プロジェクトの中止を言い渡されたとき、カトラーはDEC社を辞めようと考えていた....


■新しいオペレーティング・システムの開発へ

 マイクロソフトの共同創設者。アルテアのパソコンで開発できるBASICを開発。IBMがパソコン事業に参入する際にオペレーティング・システム(以下OS)を外注すると聞き、DOSを買い取り、DOSのライセンスをIBMそしてライバル会社に与えることで富を得た。その後、IBMとOS/2の開発に乗り出すも、OS/2が「失敗作」と考えるようになる。また、メイサン・ミルボルトが「DOSには、関連する二つの驚異があり、今後はそれが大きくなる」(本書より)と主張した。その驚異とは、以下のものである。

 1)RISCチップがDOSを動かしているインテルのプロセッサよりはるかに高速である
 2)UNIXが科学者、エンジニア、企業のあいだで支持を集めるようになってきた

 このため、ゲイツはミルボルトに「移植性のある”UNIXキラー”のOSを作れ」と指示する。ミルボルトはカトラーがDECを辞めたがっていることを聞きつけ、ゲイツに報告。ゲイツはカトラーを引き抜き、新しいOSの開発リーダーとすることを決意した!


■カトラーとマイクロソフティ

 1988年10月31日、カトラーはマイクロソフトに入社した。そして、カトラーのマイクロソフトへの入社に伴い、DEC時代のカトラーの部下だった者もマイクロソフトに移ってきた。そして、DECからの移籍組とマイクロソフト社員(マイクロソフティ)と新しいOSの開発を始めた。しかし、仕事のスタイルは大きく異なる。DECから来たメンバーは仕事が組織だっていたのに対し、マイクロソフティは「廊下でボール投げをしたり、オフィスでギターをかき鳴らす」(本書より)ことがあった。やがてカトラーとダリル・ルビンをはじめとしたマイクロソフティのメンバーとの間で対立するようになる....


■混乱

 チームはばらばらの状態のまま開発が進んでいくが、「このままでは製品にならない」と判断したポール・マリッツはカトラーの支援に乗り出した。しかし、市場の動向が新たな課題を突き付けた。Windows3の成功とOS/2の失敗である。Windows3の成功により、ゲイツはNTをWindowsシリーズの仲間入りを明言したのだ。WindowsをサポートすることでNTのプログラムは肥大化する。当然プログラムは遅くなる。マリッツはこの決定を喜んだが、カトラーをはじめとしたチームは頭を悩ませた。そして機能が拡張されると同時に、開発チームも急拡大していった。チームの人数が増えるとプロジェクト管理も難しくなる。カトラー、そして腹心のペラゾーリらはは急拡大したチームと格闘することになった。 
 1992年7月8日、NTが開発者に歓喜で迎えられたサンフランシスコ会議を終えたとき、マリッツは気を引き締めた。まだNTは「あまりに大きく、あまりに遅い」からだ。スケジュールは遅れに遅れた。250人に膨れ上がったメンバーの中には、やる気をなくした者もいた。辞めるものもいた。しかし、開発、そしてテストは続く....


■リリース

 混乱の中において、カトラーの率先垂範のリーダーシップ、カイル・シャノンの献身的な働き、ジョー・リンの批判的な目からの提案、そしてマイケル・アブラッシュの解決能力などによって、ついにNTはリリース(出荷)の見通しが立った。「1993年2月1日のゲイツとNTチームの会議で、マリッツは『ようやく最終コーナーを回った』と感じた。」(本書より)。 しかしまだ問題は残っていた。バグ(欠陥)の除去である。特に深刻な影響を与える”ショーストッパー”と呼ばれるバグの除去が重要な課題となった。
 チームはテストを続け、そしてバグを除去し続けた。そして1993年7月26日、月曜日、午後2時30分、NTは製造に回された。そしてデビッド・カトラーはチームの全員に以下のメッセージを送った。

 NTは正式に製造にリリースされた。
 もういちど、くりかえそう。NTはリリースされた。
 長く苦しい戦いだった。全員が、偉大な仕事をなしとげた。
 全員の貢献に感謝する。とくに、最後の三カ月、毎日二百ものバグを処理しながら、深刻な問題にはぶつからなかった。これだけの成果をあげられたのは、全員の比類のない努力のおかげである。
 出荷基準はすべて、達成するか、超過できた。

(本書より)



【感想】

久しぶりに読みましたが、読みながら「懐かしい」と思うと同時に興奮いたしました。「コンピュータ・ソフトウェア開発プロジェクトの話で一番にあげるとするならばどれか?」と聞かれたら、私はこの本をあげます。大きな功績を残したプロジェクトの詳細を語っていると同時に、プログラマーの大変さ、そして苦しさを明らかにした内容であるからです。

当時の状況を思い起こしながら本書を読みました。感想も、当時の状況を思い起こしながら書きたいと思います。

WindowsNTは「コンピュータの歴史に残るOS」と言えます。WindowsNTが発表された今から約20年前、開発者の多くは今までのパソコンOSにない機能に興奮し、リリースを心待ちにしていたことを覚えています。

当時のパソコンOSといえばMS-DOS+Windows3.1全盛の時代!しかし、シングルタスク(アプリケーションを1つしか動かすことができない)、同じMS-DOS+Windows3.1のパソコンでもメーカーが違うとアプリケーションを使うことができない(例えば、富士通のパソコンで動くソフトはNECのパソコンでは動かすことができないなど)、16ビットOS・小さなメモリ空間・ファイルシステムの制約ために出来ることが限られているなど、いろいろと制約の多いものでした。

また、当時、IBMとマイクロソフトが開発・販売していたOS/2は、同OSで動くアプリケーションはほとんどなかったことも起因し、普及していない状態でした。

このため、既存のWindowsアプリケーションが使え、しかも32ビットOSであるWindowsNTへの期待は大きく、多くの開発者は、そのリリースを心待ちにしていたことを覚えています。ただし、実際に使い始めると「ブルースクリーン」が出てきたりしたため、かなり泣かされましたが....

とは言え、WindowsNTの開発は、OSの歴史での1ページを刻む、意義深いものであったと言えます。WindowsNTの技術は、その後継であるWindows2000、そしてWindows7が登場する前のパソコンOSの主流であったWindowsXPにも引き継がれています。そのことを考えると、「WindowsNTの開発は、この後主流となったパソコンOSの礎を築いたOSの開発であった」のです。

しかし、その開発は困難を極めました。開発期間に約5年を費やしています。そして開発コードの行数は、約560万行です。これをアセンブラとC言語で書いたのですから、プログラミングをした者であれば、その量がいかに多いかが分かると思います。プログラミングをやったことが無い方も、「3500ページの大辞典を0から、しかも欠陥が無いように執筆しろ!」と言われて作業をすることを想像すれば、その大変さが理解できると思います。

当然のことながら、プロジェクトは大混乱!開発規模はドンドン膨れ上がり、スケジュールはどんどんと遅延する!いざテストを行うと、今度は大量のバグ(欠陥)と闘う日々!プロジェクト内外の不協和音!本書には、その困難なプロジェクトの様子が開発当初から詳しく書かれています。

だが、プロジェクトは幾つもの困難を乗り越え、1993年7月26日に製造にリリースされました。この物語の主人公であるデビッド・カトラーが「NTは正式に製造にリリースされた。もういちど、くりかえそう。NTはリリースされた」(本書より)とチーム全員のコンピュータにNTのリリースを知らせるメッセージを送る箇所には感動しました。

プロジェクトが中止にならず、リリースまでに至ることができたのは、この物語の主人公であるデビッド・カトラーの仕事に対する情熱があればこそだと思います。通常は、会社の命運を握るプロジェクトで、しかも長期間にわたって様々なプレッシャーと闘いながらプロジェクトを遂行することは、よほどの精神力がなければ出来ないと思います。そんなカトラーの仕事に対する情熱が、時には不協和音を招きながらもチームを鼓舞し、率先垂範でやってきたからこそ、プロジェクトは何とか終息したのだと思います。

もちろん、カトラーだけではプロジェクトは成功出来ない。カトラーの腹心であるロウ・ペラゾーリ、カトラーの親友であったロブ・ショート、NT計画全体の総責任者であったポール・マリッツ、グラフィックス部隊の苦境を救ったマイケル・アブラッシュなど、各々がデスマーチに陥ったプロジェクトの要所で役割を果たし、カオス状態から抜け出す道筋を作ったことも大きいと思います。

本書はコンピュータの歴史における重要なプロジェクトを表した著書としての価値があります。そして、コンピュータの仕事に携わっていない多くの者を感動させる力のある物語でもあります。映画『黒部の太陽』が、そして『プロジェクトX』が、業界に関わりなく多くの者を感動させたように....

多くのプログラマーが様々なものと闘いながら製品を作り上げていった姿を、是非、多くの方に読んでいただきたいと思います。


闘うプログラマー[新装版] ビル・ゲイツの野望を担った男達

1)本書の内容
 序章
 第1章 コードの戦士
 第2章 コードの王者
 第3章 郎党
 第4章 袋小路
 第5章 熊の咆哮
 第6章 ドッグフード
 第7章 出荷モード
 第8章 死の行進
 第9章 バグ
 第10章 ショーストッパー
 解説 - 成毛眞

2)本書から学んだこと
 ・プロジェクトの成否の最後のカギは「情熱」、そして「完成させるという意思」!


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